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出産レポート
10月4日(日)

出産して11日経過しました。ようやく徐々にしもの傷も痛くて仕方ない状況から円座なしですわれるまでに回復しました。そうはいえどもまだ抜糸をすべてしていただけていなく、ひきつり感がありますし、退院後に婦人科外来を受診し、抜糸を数本と薬を処方されなんとかいまの状況になりつつあります。

さて、出産レポートですが、自分自身も忘れないうちに記載しておきたいと思います。

最後の検診(確か20日の土曜日)で先生から「あとは陣痛待ち、まあ連休中には生まれるでしょう」と言われたにも関わらず、連休があれよあれよと過ぎていきました。そん間、実家の両親が東京に上京してきたにもかかわらず、産まれる気配は全くなく・・・旦那と散歩に明け暮れる毎日。
連休の最終日前日に生まれそうもないので、連休最終日に両親を月島に連れて行ってもんじゃでも食べようかと話をし、そのまま就寝したところ、夜1時半過ぎにおなかの痛さで目が覚めました。
しばらくベットで痛みを感じていると旦那が気配に気づき起きてくれ、そこから陣痛の間隔を計るとすでに5分間隔でした。これは明らかに陣痛の痛みと感じ病院に連絡したところ、「この時間帯だともしかしたら陣痛が引いてしまうかもしれないけれど、破水している可能性もかんがえられるため一応病院に来てください」とのことで、タクシーを呼び病院入りしました。

病院に入ったのが2時過ぎ、そこから色々診察をしていただいたところ血圧が170/110位になっていました。様子を見ましょうと言われましたが、この時点でああきっと自然分娩はできなくって帝王切開になる可能性大と思っていました。旦那にも「もしかしたら帝王切開かも」と話をしていました。

そこからひたすら陣痛と格闘。陣痛の波は2分から3分おきにやってきて、すごい勢いで痛みが増してきました。そのたびに旦那に腰をさすってもらいながら一緒に「ヒッヒフー」を言い続けました。
陣痛の間旦那がそばにいてくれたことの感謝です。
この日お産が立て続けであり、あとから来る人来る人が分娩室に運ばれて行き、どんどん順番を抜かされて行くにも関わらず、まだ本格的なお産にはならないといわれ、陣痛室で旦那と二人ほったらかしにされてしまいました。

その後いきみたい間隔に襲われたのが11時半くらいで、助産師さんに分娩室に連れて行ってもらったのが12時位でした。助産師さんにはまだまだっぽそうだから旦那さんはご飯を食べにいってきてといわれ、旦那と離れ離れになってしまいました。

そこからが大変。骨盤が開ききっていないとすごく痛い大勢をとらされその姿勢で陣痛を何度もむかえて大声でもだえ苦しんでいましたが、ひとりぼっちで耐えなければいけなくってこのときが一番苦しかった気がします。

旦那が分娩室に入ってくれたのが1時半くらいだったのかそこからもなかなかお産がすすまなかったのですが、そろそろ私の苦しみ方が尋常でないとのことでようやくいきませてもらえましたが、まったくもって産道に赤ちゃんが降りてきてくれる様子もなく、先生や助産師さんたちもあせりだしたのか「血圧が高いので早く楽にさせてあげてあまりいきませたらいけない」とのことでそこからバタバタバタバタと看護婦さんや他の助産師さんが駆けつけてきて、いろんな処置をされました。
覚えているのは微弱陣痛(あの痛さで微弱陣痛とはなにごと??)より陣痛促進剤を注入され、子宮口を全開にさせるための筋弛緩剤をうたれ、信じられないくらいたくさん会陰切開をされ、吸引処置をし何度もいきみ、いきみの度におなかの上から人に乗られ押され、何度かいきんでいるうちに「もうちょっとがんばれ」と旦那が言った声とともに、「もっかい頑張っていきんで」といわれいきんだ瞬間赤ちゃんが外に出ていた様子です(でも私は半分意識を失っていたのか、赤ちゃんが出てくる瞬間や産声を覚えていないのです・・・)

旦那が「でてきたよ~でてきたよ~」と言った声がきこえたので、「赤ちゃんは泣いてる??」ときいたら「泣いてるよ~」と旦那。その瞬間赤ちゃんの泣き声がしっかり聞こえ、横で処置をされているわが子を見た瞬間涙が止まらなくなりました。
結局赤ちゃんが出てきたのは15時8分。
本格的なお産にはいってから1時間弱で生まれてきてくれたようですが、あとから助産師さんに聞いたところ「自然でうんでたらもっともっと時間がかかったし、あなたの体であの大きな子は自然では無理だっただろうね」と言われました。

助産師さんたちの「うわあ大きいわ~」などと言われている声を聞きながら縫合処置をされていましたが、これがまたいたいのなんの。切る個所が多かったせいか30分近く縫合処置に時間を要しぐったりでした。

だらだらと書きましたが、相当の難産であったことは確かなようです。
だけど、その苦しみはかわいいわが子をみていると不思議と忘れてしまいます。

今私の横で眠っているわが子を見て幸せな気持ちでいっぱいです。私をママにしてくれてありがとう。
私たちのもとに来てくれてありがとう。元気に生まれてくれてありがとう。
授かるのに苦労したけど、ママになれました。ママになる日までとおもいこのブログを作ってきましたが、これで一旦ブログは終了したいと思います。

わが子の健やかな成長を祈り、そして人の気持ちのわかる優しく強い女性に成長してほしい。そんな娘に育てる責任が私にはあるんですね。

新たな一歩を踏み出した私たち家族に幸あれ!!

不妊治療で頑張っている方、そして子供を産もうとされている方すべてのかたに幸せがやってきますように。
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妊婦検診
9月7日(月) 37週3日

妊婦検診でした。病院についたら、私より5日予定日が早いママ友と会いちょうど診察が終わったところであわてている様子だったのでよくよく聞いてみたら
「NSTにて張りが5分おきにあり、子宮口が2.5cm開いているとのことより、一旦家に帰って入院準備をして夕方までには病院に入院するよう指示があった」とのこと。お腹が痛いなどの自覚症状はまったくないので、旦那さんがかえってくる夜まで待っていいか?と尋ねたところ先生から「そんな猶予はない」と言われたそうです。

なんだかこの頃出産予定日のちかいママ友の出産報告(そしてみんな予定日より早め)があるので落ち着きません。

かくいう私もNSTを行いましたが、前半半分くらいは赤ちゃんが寝ているようで、電動刺激のような機会をおなかに容赦なく当てられビビりながらNSTを行っていました。
後半はよく動き出してくれましたが・・・あの電動刺激はかんべんしてほしいです。

診察でNSTの結果より、張りはあるが、スグに出産に結びつくようなものではないようでした。また体重等の計測も動きまくっていてあまり正確な値が出せないといわれましたが2750グラム位になっているようです。週数ちょうどくらいでした。

また、膣のかゆみに昨日から悩まされており先生に「おそらくカンジダになってそう」と相談したところ、やはりカンジダ菌がいるようで膣錠をいれていただきました。
気の狂いそうなかゆみから解放されてほっです。

ついでに内診しましたが、子宮口はやわらかく指一本入るくらい開いてきているようですが、まだ1週間程度は猶予あるでしょうとのことでした。
カンジダ菌の除菌もあるのであと2週間くらいはお腹にいてほしいものです。
新年の誓い
1月1日(木)

あけましておめでとうございます。

初の東京での元旦です。ゆっくりと過ごしていますが、何よりびっくりだったのは初詣の人の多いことでした。地元ではそこそこ有名な神社にお参りにいってきましたが、参拝だけで1時間かかりました。並んだ時には3時間待ちといわれて並んだので、それよりは短時間ですんだのでよかったですが、相変わらず東京ってほんと人だらけの町なんですね。

そして今年の目標
今年こそ妊娠したいそしてできれば出産までできればいいなあ。(これは授かりものなので目標にしても仕方ないですが)

仕事関係ではTOEIC850点とる。(昨年年末に会社でうけたTOEIC結果が年末30日にかえってきましたが、740点自己ベストですが、今年の目標には60点足りず・・でも今年こそは大幅に日頃の結果が出たらいいなと思っています)

おしゃれを楽しんで若々しさを保ち、笑顔の時間を増やす。(去年は仕事も忙しく、疲れ切った顔をしていたような気がします。年も相当とったような・・11月に私の家族で旅行しましたが、みんなに疲れてるって言われました。なので、今年は本来の目的をわすれず、楽しく仕事をできるくらい、ほどほどの仕事しかしないと決める。目標7時には会社を出る。そして、笑顔で毎日過ごせるように・・そして時間がなくて美容院などにもなかなかいけませんでしたが、独身の時と同じくらい、お化粧も・髪型も・服装ももっと楽しまなきゃいけないなと反省。年をとらないよう心から人生を楽しめるよう頑張りたいです)

人との出会いを大切にする(これも去年は忙しさの余り、友達と会う機会が極端に少なかった年でした。もっと自分の時間を大切にし、新たな出会いや今までの友達を大切にし、視野を広げていきたいです)

どこまでできるかわかりませんが、今年こそ全部目標達成できるといいなと思います。2009年が素晴らしい年になりますようにf

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会社と憂さ晴らし
12月11日(木)

会社の直属の上司にもう我慢ならなくなり、人間的にももうやっていけないし、信頼感はゼロっという事件がこのごろよくおこり、我慢の限界にきたため、いろいろな人に相談し、部長に直談判を決行しました。

いろいろな経緯を話しもう人間的に一緒にやっていくのは無理なのでチーム移動させてほしいと訴えたところ、とても話を理解してくれ考慮にいれてくれるとの回答が得られました。
そして男性なんですが不妊治療をしていることと、今はすこしそちらにも頑張っていきたいから仕事も少しはセーブできたらいいという話をしたところ、「今は頑張ってそちらに注力してなるべく早く子供を授かれるよう頑張って、早く職場復帰して落ち着いて働くことのほうが、会社のためになるので不妊治療もがんばれ!」と言ってもらえました。また、こんなに働きやすい会社はないんだから、たった一人の合わない上司のために会社辞めるのはもったいないので続けてほしいといわれ、かなり救われました。もう仕事辞めなきゃ無理ってところまで追い詰められていたのでとても救われた気持ちになりました。

旦那にメールで部長に話した結果を知らせたところ、1週間精神的に追い詰められていた私の姿を見ていたからか、お祝いにお寿司たべに行こう!今から会社出よう!ということになり、いつも行く鮨屋の前で待ち合わせをして、思う存分お寿司を食べました。

私はいつも人のせいにしてきていなかったか?自分にも落ち度はなかったか考えてしましました・・。部長のことも信頼できない人っておもっていまたけれど、そうじゃなかった。
そして、いつも話をきいてくれる旦那がいることを当たり前とおもっちゃいけないのかもしれません。
いつもいつも土壇場になるといままでもいろんな人に手を差し伸べてきてもらったことを思い出しました。一人前になった気分でいたけど、まだまだ未熟な自分を思い知らされました。
これからもきっといろんな人に支えられて人生をいきていくのだから、感謝の気持ちを忘れてはいけないと思いました。もっと大人になりたい今日この頃です。

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仕事について
10月10日(金)
(愚痴日記)

このごろ仕事が忙しくとても大変です。この1週間毎日家に帰ると12時を過ぎています。ひどい上司たちのおかげで人がどんどんいなくなり業務過多も業務過多で皆悲鳴を上げています。

上司は選べないというけれど、愛も能力もない上司のもとで働くのがこんなに大変なんて・・・
直属の上司もひどいが部長はもっとひどくって、そのつけが全部下にまわってくる始末・・・
直属の上司は女性なので「不妊治療」をしていることは宣告しています。でも、彼女は子供がいなく不妊治療のことについてはよく分かっていないようで、どんどん仕事を押し付けていきます。正直パワハラです。トホホ・・

会社はダイバーシティーとか、ワークライフバランスとか不妊治療休暇制度(無給)なるものを建前上作っていますが、机上の空論でまったく使えない制度。

こんなに活性酸素がたまっていて、はたして本当に子供を授かることはできるのでしょうか?今はリセット周期ですが、リセット周期は周期で体を作るためにもストレスのない生活って大切な気がします。
私のこのがんばりを神様がみてくれているのなら、赤ちゃんを授けてほしいな~kao06
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ひろとん

Author:ひろとん
妊娠出産をめざす32歳です。仕事もフルで頑張っています。結婚2年目2008年6月から新橋夢クリニックで治療中です。

2007年10月 KLCにて治療開始フェマーラで自然妊娠を目指す
2度化学流産を経験
2008年6月 新橋夢クリニックに転院
2008年7月 初採卵
2008年8月 HR周期で移植目指すも移植日に卵が融解失敗し移植できず
2008年12月 採卵し、移植に向けて準備中
2009年1月 移植→陽性反応
2か月の安静期間を経て、現在仕事と両立して9月への出産に向けて生活しています。

元気で丈夫な赤ちゃんを無事産むことができるよう祈る毎日です

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